大判例

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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)2605号 判決 1992年11月10日

控訴人

東大寺

右代表者代表役員

狭川宗玄

右訴訟代理人弁護士

川井信明

河辺幸雄

田中啓義

被控訴人

笹田泰功

右訴訟代理人弁護士

吉田恒俊

坪田康男

佐藤真理

北岡秀晃

相良博美

西晃

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の建物の明渡しをせよ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

1  主位的請求

主文第一ないし第三項と同じ。

第二項につき仮執行宣言。

2  予備的請求

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、一五〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の建物の明渡しをせよ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二項につき仮執行宣言。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は、昭和二七年一二月一二日、奈良地方裁判所同年(ユ)第一号家屋明渡調停事件における合意により、笹田アイ、笹田博一及び被控訴人(以下、この三名を「被控訴人ほか二名」という。)に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、茶所として使用する目的で、無償で貸し渡した。

2  笹田博一は昭和三〇年一月に、笹田アイは昭和四六年八月に死亡し、以後、本件建物は被控訴人が使用を継続してきた。

3  本件建物は既に耐用年数が尽き、契約の目的に従った使用収益をなすに足りる期間を経過したので、控訴人は、被控訴人に対し、昭和六一年五月九日到達の書面により、右契約を解約し、以後三か月以内に本件建物を明け渡すように申し入れた。

4  仮に、右契約が賃貸借契約であるとしても、控訴人の右解約申入れには正当事由がある。すなわち、

(一) 本件建物は、江戸時代末期ころ、法華堂北門西に建設され、明治二一年に現所在場所に移転されたものであるが、右移転以来既に八八年を経過し、著しく老朽化して倒壊のおそれがあり、右使用する被控訴人及びその家族、更には一般観光客らに危険が生じるおそれがある。

(二) 被控訴人は本件建物で麺類、土産物等を販売しているが、既に高齢であるうえ、その同居の親族は健全な生活を営んで相当の収入を得ているから、被控訴人が本件建物において営業を続けなければならない必要性は少ない。

(三) 仮に、控訴人が明渡しを求める正当事由が不十分である場合には、これを補完するため、立退料として一五〇万円ないしこれと格段の相違のない範囲で裁判所が定める金額を支払う用意がある。

5  よって、控訴人は被控訴人に対し、本件建物の明渡しを求める。

二  被控訴人の認否

1  請求原因1の事実のうち、控訴人と被控訴人ほか二名の間に、昭和二七年一二月一二日、奈良地方裁判所同年(ユ)第一号家屋明渡調停事件において調停が成立し、これにより、被控訴人ほか二名が控訴人から本件建物を借り受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。右貸借は賃貸借である。すなわち、被控訴人の先々代笹田万吉は、明治二一年一一月、三年間の使用料として冥加金一〇円を納付して本件建物を借り受け、その後相応の使用料を支払って占有を継続し、明治三二年に本件建物が現所在地に移築され、明治三三年五月に再建された際には、その工事費用として、同月二〇二円三一銭五厘、同年七月三日一七〇円を控訴人に奉納し、これにより六年間の使用料の免除を受けて本件建物の使用を継続し、その後、昭和二三年以降は年間二四〇円、昭和五六年以降は年間五万円の使用料を冥加金名目で支払い、また、奉仕活動をしたり、勧進元として寄付金集めをするなどの労務提供をしてきたのであるから、本件建物の使用関係は賃貸借というべきである。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、控訴人が被控訴人に対し、昭和六一年五月九日到達の書面により、右契約を解約し、以後三か月以内に本件建物を明け渡すように申し入れたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4の事実は争う。

本件建物は、長期使用に耐える構造となっているうえ、明治三三年に再建された後、昭和二四年九月、昭和二七年一月、修理され、保存状態も良好であって、老朽状態ではない。また、被控訴人は、本件建物において、参拝者及び観光客を相手とする飲料、商品等の販売をし、それを唯一の生活の方途としてきたのであって、本件建物使用の必要性は大きい。

第三  証拠<省略>

理由

一本件建物貸借関係について

1  被控訴人ほか二名が控訴人から本件建物を借り受け、被控訴人がこれを占有していることは当事者間に争いがない。控訴人は右貸借関係を使用貸借であると主張し、被控訴人はこれを賃貸借であると主張するので、まず、この点について検討を加えるに、<書証番号略>、原審及び当審証人上司永慶の証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、次のとおり認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件建物は明治二一年ころ建てられたもので、同年一一月ころ、被控訴人の祖父笹田万吉が控訴人に対し三年間の使用料として冥加金一〇円を支払い、その後は相応の使用料を支払うとの約束で借り受け、明治三三年に本件建物が現所在地に移築再建された際には、その工事費用として控訴人に対し、同年五月二〇二円三一銭五厘、同年七月三日一七〇円を奉納し、これにより六年間の使用料の免除を受けて本件建物の使用を継続した。右借受けの後、同人の一族笹田萬助、笹田八十吉、笹田萬次郎、被控訴人の父笹田熊治郎において、本件建物の使用を継続するとともに冥加金の支払いをしてきた。その額は、明治二五年には年五円と定められ、その後、明治二八年、大正七年、大正九年と増額されてきた。被控訴人は昭和一九年ころから、本件建物を使用するようになったが、そのころの冥加金の額は、同年二月から昭和二二年三月までは月額六円、同年四月から昭和二三年一二月までは月額一〇円、昭和二四年一月から同年六月までは月額二〇円であり、これを被控訴人において支払ってきた。

(二)  本件建物は、茶店として使用されるほか、被控訴人とその家族が居住していたが、昭和二六年六月、控訴人は、被控訴人の母笹田アイ、被控訴人の兄笹田博一及び被控訴人の三名に対して本件建物の明渡訴訟を提起し、昭和二七年一二月一二日の調停期日において、右当事者間で、控訴人は被控訴人ほか二名に対し本件建物を期間を定めないで使用を許し、被控訴人ほか二名は本件建物を茶所として使用し、住居としては使用しないこと等の合意が成立した。右調停調書には、使用料又は冥加金の支払義務の有無については何らの記載もない。そして、被控訴人は、右調停成立以来冥加金の支払をしなくなり、また、控訴人もその請求をしたことはなかった。

(三)  被控訴人は、昭和五四年一月二二日に至って、突然、昭和二四年六月から昭和五三年一二月までの冥加金として七〇八〇円を支払い、また、昭和五四年一月から同年一二月までの冥加金として一二〇円、昭和五五年一月から同年一二月までの冥加金として一二〇円の各支払いをし、昭和六〇年五月二九日に、昭和五六年から昭和五九年までの四年分として二〇万円を、昭和六〇年一二月二三日同年分として五万円を支払い、その後は毎年五万円を供託している。ところで、被控訴人は、昭和六〇年ころ、控訴人の庶務執事であった上司永慶に対し、本件建物の修理を依頼したが、これを契機に、控訴人において本件建物の破損状況を調査したところ、右調査にあたった控訴人の技師北森徳次が、本件建物はその構造上危険な状態にあり、早急に使用を中止すべきであるとの意見を提出したことから、控訴人は、その執事会、宗寺会に諮ったうえ、本件建物の貸借契約を解除することを決め、これを昭和六一年五月九日到達の書面で被控訴人に通知するに至った。

2 以上に鑑みるに、本件建物の貸借は、明治二一年から昭和二六年までは、賃貸借であったと認めることができる。しかしながら、同年に至って、控訴人が当時本件建物を占有していた被控訴人ほか二名に対して明渡訴訟を提起した結果、使用目的を定めたうえで被控訴人ほか二名に本件建物を使用させる旨の調停が成立したのであるが、右調停成立以後、従前冥加金名目で支払っていた賃料の支払はされなくなり、その後昭和五四年に至るまで、被控訴人ほか二名において本件建物使用の対価というべきものを控訴人に対して支払ったことはないし、控訴人においてもこれを請求したことはないのであって、これらの事実によれば、本件建物の貸借関係は、右調停上の合意によって使用貸借に変更されたものというべきである。

3  なお、被控訴人は、昭和五四年一月二二日、昭和二四年六月から昭和五三年一二月までの冥加金として七〇八〇円を支払い、また、昭和五四年一月から同年一二月までの冥加金として一二〇円、昭和五五年一月から同年一二月までの冥加金として一二〇円の各支払をし、昭和六〇年五月二九日に、昭和五六年から昭和五九年までの四年分として二〇万円を、昭和六〇年一二月二三日同年分として五万円を支払い、これらを控訴人は異議なく受領しているのであるが、これは経理担当者がその判断で受領したにすぎないものであり、また、冥加金の額が年額五万円となったことも、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人の経理担当者が冥加金の額が年二四〇円では低すぎる旨述べたことから、被控訴人がこれを自主的に増額したことによると認めることができ、これを控訴人が本件建物使用の対価として増額を求めたものとはいえないところ、右各受領について、控訴人の意思決定機関において特段の論議がされたということはないし、その冥加金という名目、右支払時期における貨幣価値等を総合して判断すれば、右冥加金の受領という事実によって前記認定を覆すことはできないというべきであり、また、右受領によって使用貸借が再び賃貸借に変更されたともいえない。

被控訴人は、奉仕活動をしたり、勧進元として寄付金集めをするなどの労務提供をもって本件建物使用の対価であると主張するが、これらをもってしては未だ本件建物使用の対価ということはできない。

二本件建物使用貸借の解約について

本件建物の使用貸借の目的は、茶所としての使用であり、被控訴人は本件建物を控訴人に対する参詣者、観光客等を対象とした休憩所を経営して、飲食物を提供し、土産物の販売をしているのであるが、これは一応右目的に沿った使用ということができる。しかしながら、右使用期間は前記調停成立の日から解約通知到達の日までに三三年を経過しており、本件建物は、明治三三年に移築されてから既に九〇年を超え、相当老朽化しており、<書証番号略>、原審における鑑定人森健二の鑑定の結果、原審における検証の結果によっても緊急に大規模な修理を必要とすると認められる状態にあるうえ、被控訴人の年齢も既に六五歳を超えているが、これらの事実を考慮すれば、本件建物の使用貸借については、その目的を達するに必要な期間を経過したというべきであり、控訴人の解約申し入れによって、終了したものというべきである。なお、本件建物の移築再建について、被控訴人の先々代が当時としては多額の寄付をしていること、被控訴人が本件建物における営業によって生活の糧を得ていることが認められるが、既に経過した期間を考慮すれば、右事実も右認定判断を左右するものではない。

三結論

以上によれば、控訴人の被控訴人に対する本件建物の明渡請求は理由があるからこれを認容すべきところ、原判決はこれと結論を異にするのでこれを取り消し、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言は相当でないから付さない。

(裁判長裁判官柳澤千昭 裁判官西川賢二 裁判官松本哲泓)

別紙物件目録

奈良市雑司町四〇六番地壱所在

家屋番号 弐〇〇番

(主たる建物の表示)

木造瓦葺平屋建大仏殿本堂

床面積 2869.91平方メートル

(附属建物の表示)

符号1ないし106の各建物(以下、省略)

右主たる建物及び附属建物の内、

符号90の附属建物

木造瓦葺平屋建絵馬堂

床面積 43.76平方メートル

(ただし、別紙図面の絵馬堂)

別紙図面<省略>

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